障がい福祉を中心に描く地域共生社会

GOOD LIFE HOLDINGS 株式会社 代表 紀 林 氏

南部 彩子

一橋大学社会学部卒、日本IBMからキャリアをスタートし、大企業での営業職、マーケコンサル、ベンチャーでの新規事業開発、NPOでのソーシャルイノベーション研究、福祉ベンチャーでの経営企画と、様々な業界と組織を経験。「誰もがその人らしさを発揮し、お互いの個性を祝福し合うダイバーシティ」がライフテーマ。2022年3月、スタイリングサービスのリワードローブ株式会社を友人と設立。占星術を使ったライフパーパスコーチングのコーチでもある。娘1人、子育てに奮闘するシングルマザー。


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「コンヴィヴィアルシティ」のリサーチプロジェクトでは、現代社会において“個”として社会と関わりながら“自分らしさ”を追求する私たちが求める街を「CONVIVIAL CITY」と定義し、その街にまつわる要素をLIVE、WORK、PLAYの3テーマから探求する。
第一段は「LIVE ーライフスタイルと住環境」。人々が自律分散しながらも目的や価値観を共有することで緩くつながり、より柔軟で多様性が尊重される組織やコミュニティ、社会を形成していく自律分散型社会に即したライフスタイルとその舞台としての住まい、街のあり方を考察する。

「障がい者向けグループホーム」と聞くと、どんな施設をイメージするだろうか。公民館や図書館のような公的な建物や、病院のような施設が思い浮かぶのではないだろうか。そもそも何のイメージもわかない人もいるかもしれない。
グッドライフホールディングス株式会社の紀氏が運営するグループホームは一般的な戸建住宅やアパートを利用したアットホームな施設で、一般的な障がい者向けホームのイメージとは異なる。茨城県内で16施設あるキノッピの家、その日常には「福祉らしくない福祉」があり、障がい福祉をきっかけとした地域共生の一つのかたちがあった。

PROFILE

紀 林 GOOD LIFE HOLDINGS 株式会社 代表

1976年生まれ。会社勤めの傍ら、2018年にKINOPPI株式会社を設立。“障がいがあっても 住まいを選べる世の中をつくる”という理念のもと、障がい福祉未経験ながら、茨城県牛久市に最初の障がい者グループホームを開業する。障がい者家族と一緒に、地域全体で障がい者の生活を支えていける仕組みづくりに向け、グループホームをプラットフォームとした地域住民の福祉参加促進に注力する。また、「個別サポート付き障がい者向け住宅(サポ住Ⓡ)という「障がい者の地域生活移行モデル」の普及に努めることで、高齢者の社会参加(就労)の機会創出や、空き家となっている既存住宅のリサイクルなど、様々な地域活性化の効果を提唱。全国で新たに障がい者を支える役割を担う社会起業家・事業者の育成にも積極的に取り組んでいる。

精神障がい・知的障がい者への「ちょっとした生活支援」

南部:事業内容を教えてください。

紀:障がい福祉サービスの事業を2つ、茨城県でやっています。1つは障がい者グループホームといって、スタッフを配置して生活支援を提供する、精神障がい・知的障がいのハンディキャップがある方向けの住まいの運営です。茨城県内に16ホーム84居室あります。
もう1つは、キノッピカフェという障がい者の就労支援事業です。地域で就労し、働き続けることができるよう様々なサポートを提供する就労支援B型事業所といわれるものです。
身体障がいの方はほぼいらっしゃいません。うちは既存の住宅を使ってホームを運営してるので、バリアフリーではないんです。戸建住宅の各部屋を居室にしたり、小さいアパート一棟をそのままグループホームにしていて、一見すると普通の家なので、見学にいらした方に驚かれることも多いです。

2本柱の障がい者福祉サービスを提供(出典:GOOD LIFE HOLDINGS 株式会社

南部:利用者はどのような方々なのでしょうか。

紀:20~60代まで年齢は幅広く、統合失調症、発達障がい、躁鬱、ADHD、ASDなど、何らか軽度のメンタル疾患をお持ちの方、知的障がいのある方です。
令和4年の厚生労働省の調査によると、全国の認定障がい者は1,160万人、うち精神障がい者は610万人です。その中で、症状が軽度で家族の支援を受けながら在宅で生活している人は586万人いらっしゃいます。見えている数字だけでも軽度の方のほうが圧倒的に多いし、病院にかかっていなかったり認定を受けていない方を含めば、もっと多いんです。
この中にも当然、症状の程度の差はありますが、普通の生活のなかで軽度の方と健常者との差異は感じにくく、一般に「障がい福祉」という言葉が持つイメージとはかけ離れています。

南部:生活支援とは、具体的には何をするんですか。

紀:基本的には朝夕の食事の提供、共有スペースの清掃、家事支援です。全部の家事をスタッフがやるわけではなく、利用者が自分で暮らすためのサポートが生活支援です。だからなんでもやる家事代行とは違います。

初めての一人暮らしで家事経験が少ない利用者に対しては、例えば洗濯機を一緒に回して干すというように家事を支援することもあります。服薬管理もします。飲み忘れがないように確認し、安定した生活が送れるようにしています。必要なのは身体介助ではなくて、「ちょっとした生活支援」なのです。

利用者が食卓を囲む(出典:GOOD LIFE HOLDINGS 株式会社)

一般的な障がい者向けグループホームという言葉のイメージと、キノッピの家の実態がかなり離れていることに驚いた。様々な主体を含む「共生」を考えるとき、当然ながらそれぞれの主体を解像度高く認識しなければ、共にあるための方法を考えられるはずはない。

認定を受けている精神障がい・知的障がいの約8割が軽度の方(令和4年厚生労働省調査)だという正しい認識を持つことがスタートだ。軽度の方々に必要な「ちょっとした生活支援」、キノッピの家ではどのように提供されているのだろうか。

「地域の年配者」による支援を対話と仕組みで支える

南部:キノッピの家は、社員の方が利用者の支援をしてらっしゃるのでしょうか。

紀:現在83名の利用者に対して、支援者は約150人、そのうち社員は5名です。大半は地域で暮らしていらっしゃる60~70代のパートの方なんですよ。
週2、3回の短時間勤務で、フルタイムの方はほとんどいないです。シニアの方が無理なく働けるように、シフトを交代しながらみんなで支え合ってやっています。

仕事の内容が生活支援なので、福祉・医療の経験がなくても人生経験が活かせるんです。特に家事と生活の経験が活かせて社会貢献できる仕事っていいですよね。
グループホームの仕事って「お母さん・お父さん業」だなってよく思うんです。親御さんのもとでこれまで暮らしてきて、長い間、引きこもり生活だった方もいらっしゃって、いざ外での生活を始めるときに、地域のお母さん・お父さんみたいな存在がいてくれたら安心じゃないですか。無理に変えようとせず受け入れながら、背中を押しつつも寄り添う存在として、地域のたくさんの方々が関わってくれることが、グループホームで暮らす方にとっては重要なのだと思います。
子育てしてきた方の経験だけじゃなく、組織で人に向き合ってきた方の経験が活きてるなと思うことも多いです。部下の教育や組織運営に尽力されてきた方は、コミュニケーションがチームで動くことが得意だし、人の心を察知して動いてくださいます。これは若い人ではなく経験豊富な年配者だからできるサポートだなと感じます。

軽度の障がい者をサポートするのって、介助じゃなくてコミュニケーションなんです。家族の中で子供の成長や家族のトラブルを乗り越えてきたり、組織の中で人に向き合ってきたり、そんな経験が活かされる現場です。

例えば先日、ホームの利用者の方を中心に調理実習をしたそうです。そのきっかけは、利用者の方が調理の勉強をしていると知った支援者の一人が「じゃあ実習して、みんなに食べてもらおう」と企画してくれたことだったみたいです。私はそれをあとから写真を見て知ったくらいで、会社の指示ではないんです。「ちょっと一緒にやってみる?」っていう働きかけで始まる。マニュアルやオペレーションで指示することではなく、親御さんのような優しい気持ちで応援したいと思うからこそ、できることだと思います。事後報告を受けて、とても嬉しかったのを覚えています。

南部:障がい者支援=有資格者でなければいけない、というイメージがありました。人生経験豊富な方々といっても、対人支援の現場に入れ替わり立ち替わり、未経験の方が入ることに難しさはないのでしょうか。

紀:障がい福祉には資格が必要というイメージは、ステレオタイプが根強いところだと感じています。障がい者支援は難しくて技術が必要だというイメージがあるのは、「障がい者」という言葉から重度の方を思い浮かべるからですよね。だから普通の人では対応できないと思ってしまう。
実はそうではなくて、我々と変わらず、自立した生活を送れる軽度の障がい者の方は多いんです。その中で、お小遣い管理が苦手だったり、家事が人より苦手だったり、コミュニケーションにサポートが必要だったり、人によってちょっとした支援を必要としています。医療措置とか身体介護などのテクニカルなことより、生活の知恵の方が活きるんですよね。
彼らの生活の実態はメディアにフォーカスされにくくて、知られていません。普通の人の生活とほとんど変わらないから、画としての引きもないですし、取り上げられにくいんです。それでも彼らは支援を必要としています。実態が分かれば、有資格者でなければ支援できないという思い込みもなくなり、そういった方々へより多くの支援を届けられると思っています。

また、支援に入るための心構えや必要な情報はしっかり伝えています。どういう方が暮らし、どういう支援が必要かを資料化して共有したり、面接のときにもお伝えしたり、入社時点でもハンドブックを使ったオリエンテーションをします。先輩方の記録も読み返せるようになっていますし、動画研修もあります。そこまでしっかり情報を共有することが、それぞれの人生経験を活かす土台にもなります。その上で現場をこなしていくと、「障がい者支援って私にもできるかもしれない」と自信が出てきます。うちは離職がとても少ないんです。誰でも無理なく働き続けることができる仕事だという一番のエビデンスだと思っています。

 南部:対人支援の現場だと依存のリスクもありますよね。また支援側が親御さんのような優しい気持ちを持ち続けることが難しい瞬間もあるのではないでしょうか。

紀:人間同士の関係なので誰かひとりに負荷がいかないように、支援者全員で利用者全員を支援するという考え方が大事だと思っています。特定の誰かに依存が高まることがないようにシフトや役割分担を工夫しています。そういった配置の工夫を前提として、一番重要なのは話し合いの文化だと考えています。一般的な福祉施設の運営を知る方がよく仰るのは、キノッピではスタッフ同士の話し合いの時間が圧倒的に多いということです。うちでは支援にあたる時間と同じくらいミーティングの時間を取っていて、対面、オンラインでの対話、LINEグループを使ったテキストのやり取りが常にあります。
起きた問題はいいことも悪いことも、悩みもそこで扱います。それぞれの方にどういう支援をしたらキノッピの家で安定して幸せに暮らしていけるか、毎日毎日話し合うんです。上下のやり取りも横のやり取りも活発なので、入職した方も自然にこの文化に染まっていきます。

スタッフ同士で話し合う様子(出典:GOOD LIFE HOLDINGS 株式会社)

紀:「支援ってこうだ」とマニュアルで伝える以上に、「なるほど、こういうことか」と自ら気づける仕組みになってるんだと客観的に見ていて思います。
支援のあるべき論から入るのではなく、「この人の生活が安定して毎日幸せに過ごすには何が必要か」という現場の視点を常に大事にしていて、就労支援のキノッピカフェもその発想から生まれました。就労支援事業所の経営という観点だと、同じ作業を大量に受注し週5で安定的に来所できる方に働いてもらうことが一番理想的です。でも働く側からしたら、常に同じ単純作業だけやっていたら飽きるし、働くペースや調子が人と違ったり、一人の中にも波がありますよね。グループホームでの生活を知っている私たちはそれが当然あることとしてリアルに捉えられる。だからキノッピカフェは365日あけることにしたし、週5で働くことをご利用の条件にもしていません。

これができるのは、一方通行じゃないからだと思います。障がいがある人のために優しくするということではなくて、支援者にとっても自分を活かして働く喜び、人を助けて社会に貢献する喜びがあるんですよね。どちらか一方のためじゃない、お互いに喜びがあることが共生なんだと思います。支援する方もうれしい、される方もうれしい、この関係を中心に、地域共生社会のあり方を実験しているようなものですね。
農地や使われていない家屋を使って欲しいと地域の方から申し出ていただくことも増えてきました。助けることが助けられることにもなる、こうやって共に生きていくことができるんだと実感しています。

 キノッピは軽度の障がい者が安心して生活できる場であると同時に、地域の高齢者が自分の人生経験を活かして社会貢献できる場であることが分かった。高齢者の力を活かそうというお題目は多いが、労働力の提供を超えて、働き生きる喜びのある職場を具体的に実現しているケースとして興味深い。
支援のあり方を各個人に委ねるのではなく、情報共有の仕組みと話し合いの文化で支え、地域のリソースを活用し還元しているモデルといえる。

障がい者支援を中心に地域コミュニティが構築されている
(出典:GOOD LIFE HOLDINGS 株式会社

利用者家族との対話によって気づいた自分のミッションと情熱

今でこそ地域共生社会づくりを目指す紀氏だが、福祉とはまったく縁のない経歴だという。

南部:創業されて4年、独立されて2年とのことですが、福祉に縁がなかったのに、なぜグループホームを作ろうと思われたのですか。

紀:18年間、会社員だったんです。福祉をやろうと思って創業したわけではなく、きっかけは子供の私立小学校入学でした。当時の自分の年収と貯金ではすぐに底をついてしまう、何かやらなくてはと思った。そこでなぜ福祉か。自分がやりたいことじゃなくて、世の中から求められていることをやらないと会社は存続しないと思ったんです。絶対に必要なものってなんだろうと思っていろんな市場を調べました。5年前の当時、障がい者向けグループホームの整備を進める政府方針が出ていました。それでやってみようと思って、家族の生活のために飛び込んだんです。もともとサービス業の会社の管理部門で働いていて、アルバイト・パートの方だけで現場づくりをする商売には馴染みがあり、利益構造もよく分かっていたので、グループホームのような福祉の現場にもその経験が活かせるんじゃないかと思ったことも後押しになりました。そこから、福祉=有資格者が必要という思い込みを排除して、今のモデルができました。

南部:お子さんの学費がきっかけだったとは驚きました。そこからどのように地域共生社会へのビジョンを持つようになったのでしょうか。

紀:もう別人のようになっちゃったなと、自分でも思います。自分の役目とビジョンが明確になった、大きなきっかけがあったんです。
障がい者の家族会ってご存知でしょうか。精神保健福祉家族会と言って、精神疾患を持っている方のご家族の会で、そこで本当の意味で社会問題を目の当たりにして、この事業の必要性をやっと理解しました。
高齢者が対象の支援の場合は、高齢者が亡くなったら見送って終わりを迎えることができますが、障がい福祉は支援している側が親や兄弟なので、支援者が先に亡くなる可能性が高い。そうなったときに、支援が途絶えて、当事者が生活していけないというリスクがあることが最大の問題です。

あと10年したら、軽度の引きこもりや精神障がい・知的障がいで自宅にいる方々が家に取り残される事態が日本中で多発します。家族会ではその危機をどう乗り越えていくべきか、繰り返し話し合われてはいますが、実際には何も動けていないままのご家族も多い。子供の生活支援の目途はつけたいが、どうすれば良いのかわからない。悶々と悩むご家族の姿を見て、地域に支援者をどんどん増やしていかなければとスイッチが入りました。
自分のホームだけじゃなくて、このノウハウを全国に伝えて、地域で社会貢献する起業家を育てたいと思い、サポート事業も始めました。親御さんたちとの出会いで、心の葛藤を聞き、現状や社会背景、法律などのいろんなことを教わって、自分の中に使命感が生まれました。

南部:今、どんなことを目指していらっしゃいますか。

紀:福祉を一般の人にとって身近なものにしたいです。障がい福祉は障がい者のためだけのサービスじゃなくて、地域にとって必要な機能であり、地域の人が活躍するためのプラットフォームです。専業主婦/主夫の方が自分の時間や経験を活かせたり、高齢者のセカンドライフを作り孤立を防止したり。そういったことの中心に福祉があれば、サービスも存続していけるし、空家や防災など様々な地域課題解決もコーディネートしていける。それを茨城から作っていきたいです。
さらに、こういった活動を一般の方に知ってもらえれば福祉が自分たちに縁遠くないもの、地域に必要なものだと分かるし、支える側、支えられる側ということなしに、お互いが必要とし合うサステナブルな街づくりに繋がります。

「当事者の家族の声を聞き、対話を重ねる中で、これは自分のお役目だと思った。」

 

その言葉の表れであるように、紀氏の事業は、当事者の家族支援や地域づくり、このモデルを広げるための仲間づくりなど、多角的に展開し、福祉の意義と価値をアップデートし続けている。

持続・拡大可能なビジネスを作る事業家であり、地域での自立共生社会を作るソーシャルイノベーターである紀氏の思いは、終始、誰にでも分かるシンプルな言葉で語られる。

 

「共生とは必要とし合い、お互いに喜びがある」

 

地域の課題解決とイノベーションにおいて、忘れてはならない原則なのではないだろうか。

南部 彩子

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