2022年、世界の難民・避難民は1億840万人に達し、その数は過去最大となった。「難民として逃れるビザ」は存在しないため、命の危険を感じ母国から逃れようとする人々は、まずビザなしでも行ける行き先や、短期滞在のビザ取得をめざし、避難先となる土地を探す。その中には、日本に辿り着く人もいる。
彼らが長期的かつ安定的に日本に滞在できる唯一の方法は、政府による難民認定のみで、その割合は長年1%以下に留まってきたのが実情だ。2022年に初めて2%を超えた。
実は難民として逃れてきた人の中には、多言語話者や専門スキル、多様な経験を持つ人材も少なくない。そこで、難民認定を待つ間の不安定な在留資格を、専門的・技術的分野の在留資格へ変更することで、安定的に暮らせる「もう一つの活路」を見出してきたのが、NPO法人WELgeeだ。
このビザ(在留資格)変換は2018年頃まで実質不可能とされてきた。NPO法人WELgeeはなぜこの不可能な挑戦へ取り組み、そして道を切り開けたのか、また難民支援を通して感じる「共生社会」への向き合い方について、代表の渡部カンコロンゴ清花氏に話を伺った。
PROFILE
渡部 カンコロンゴ 清花
特定非営利活動法人WELgee
代表理事
静岡県浜松市出身。日本に来た難民の活躍機会を作り出すNPO法人WELgee 代表理事。様々な背景を持つ子ども・若者が出入りする実家で育つ。大学時代はバングラデシュの紛争地にてNGOの駐在員・国連開発計画(UNDP)インターンとして平和構築プロジェクトに参画し、国家が守らない、守れない人たちの存在を目の当たりにして帰国。 2016年に日本に逃れてきた難民の仲間たちとWELgeeを設立。「WELgee Talents」にて難民人材と日本企業を繋ぐ人材コーディネーション事業を展開。グローバル・コンソーシアムINCO主催『Woman Entrepreneur of the Year Award 2018』グランプリ。Forbes 30 under 30のJapan / Asia 選出。日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2022受賞。静岡文化芸術大学卒業、東京大学大学院 総合文化研究科・人間の安全保障プログラム 修士課程修了。Global Shapers Tokyo hub所属。トビタテ!留学JAPAN一期。サンデーモーニングコメンテーター。埼玉県川口市多文化共生指針策定委員。法政大学「国際NGO論」非常勤講師。3歳児育児に奮闘中!
前例なき手段でも諦めない~日本に逃れてきた難民の「人生再建」
渡部氏が日本に来た難民と関わりはじめたのは2016年頃のこと。当時まだ学生だった渡部氏は、まずは難民たちのことをしっかり知ろうと、集まりを企画してはひたすら彼らの話を聞いたという。
祖国に残してきた家族と連絡が取れないこと、仕事をしたくても来日当初は就労が許されないこと、体調が悪くても病院にいくことができないことなど、難民が日本において困ることをあげはじめたらきりがないそうだ。しかし、彼らの話を聴き続ける中で、実は祖国でユニークな経験をしてきた人が多いことを知った。
難民認定を待つ間は、難民申請者としての在留資格を半年ごとに更新しながら、サバイバルジョブ(明日を生きるための仕事)でなんとか生活を繋いでいくのが、一般的な難民申請期間の現実だ。しかし、渡部氏たちは、そういった経験やスキルのある人材との出会いをきっかけに、専門的・技術的分野の在留資格への変更を目指せれば、「難民」としてではなく「専門的人材」として日本で安定的に働き暮らしていけるのではないかという仮説に至ったという。実質不可能とされてきた在留資格の変更に、どうして挑むことができたのだろうか。
就労までの伴走と育成事業を立ち上げ、在留資格の変更への挑戦をはじめて約3年。450名以上の難民の方々と対話し、38名以上のマッチングを生み、11名の在留資格の変更を達成した。
簡単ではない「多文化共生」~ウクライナ侵攻後に見えた日本の課題と兆し
渡部氏たちが活動をはじめた当初の2016年、日本の難民認定数は年間1万人の審査中わずか28人だった。2022年には認定数自体は200人を超えたものの、認定率はいまだ2%に留まる。
認定を待ちながら、就労という手法で難民の法的・経済的・社会的安定性を目指す渡部氏たちだが、彼らと関わる中で感じる難しさもあるという。
変化に敏感で、違う価値観や文化が外部から入ってくることへの抵抗感が強いとも言える日本。しかし歴史的には、外部の文化を取り入れながら成長してきた国だ。難民の受け入れに関して一筋縄ではいかない中で、渡部氏は2022年ロシア軍によるウクライナ侵攻の際に風向きの変化を感じたという。日本政府はウクライナ避難民の受け入れを即座に宣言し、パスポートやビザがなくても日本へ渡航可能にし、自治体も都民住宅の無償提供やウクライナ避難民専門窓口の設置など、異例の措置をとった。
2015年の欧州難民危機から8年。グローバルでは、積極的に受け入れを継続する国もある一方で、一部国・地域においては排他的な動きも出てきており、難民問題は複雑さを増しているようにも見える。今後日本は外国人との共生についてどう考えていくと良いのだろうか。
イデオロギー論争ではいけない~共生社会へ一人ひとりどう向き合うべきか
難民受け入れというテーマに関連して、移民問題もある。受け入れ国側が政策として誰を受け入れるか調整できる「移民」と、難民条約に基づき保護すべき「難民」は異なる性質のものだが、難民の中から人材として活躍し、長期的に日本に暮らす人の事例が生まれているとするならば、2つのテーマは切っても切り離せない。世界的に見れば、WELgeeの取り組みは「難民」を「移民」として受け入れる方法でもある。
外国人受け入れの議論は、イデオロギー論争になるべきではないと渡部氏は言う。
渡部氏がいうには、清く正しく、一切のエラーも起こさないプロセスを選べるほど日本には時間がない。目指す姿を決めて、そのプロセスでどの程度の痛みが伴うかを見越した上で、少しダイナミックな社会実験を受け入れられるようになることが大切なようだ。 渡部氏はインタビューの最後に「目指す姿を決めるには、やはり私たち国民の関心と意思が必要だと思っています。政治に国民の関心は反映されます。どんなことでも新しいことをしようと思ったら多少の混乱は生じるでしょう。ただ、だからこそ、不都合な事実も誤魔化さず、判断の材料をとことん出しきってみる。その時に、全体像の把握や統計って改めて大事なんだと感じます。日本に暮らす外国人の納税や消費の傾向、足りないと言われる労働力のどれだけを補い支えられている状態か、社会保障システムへの貢献や年金の状況、子どもたちの教育へのアクセス・・・この課題を考える際に、人によって、懸念事項は異なります。議論のスタートラインをなるべく揃え、この先残したい日本の形について考え、目指す姿に対して合意を重ねて歩むことが、日本という国が世界に開いていく上で大事なことだと思います。」と語ってくれた。
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渡部:彼らがこれまでにどれほど困難な状況を経験してきたかは、私たちの想像を遥かに超えるものばかりでした。彼らとの会話の中で、難民の方々は、あの時、あの人との出会いを大事にしなかったら、あの情報をもらえなかったら、あの道を突破できなかったら、死んだのが仲間ではなく自分だったら・・・どこかの地点で諦めていたら自分は今ここにはいないという、想像もつかない困難さに直面してきた人たちだということを知りました。