レジデンシャルカレッジで生まれた学び合いの循環

HLAB レジデンシャルカレッジ事業責任者 原田 遼太郎 氏

南部 彩子

一橋大学社会学部卒、日本IBMからキャリアをスタートし、大企業での営業職、マーケコンサル、ベンチャーでの新規事業開発、NPOでのソーシャルイノベーション研究、福祉ベンチャーでの経営企画と、様々な業界と組織を経験。「誰もがその人らしさを発揮し、お互いの個性を祝福し合うダイバーシティ」がライフテーマ。2022年3月、スタイリングサービスのリワードローブ株式会社を友人と設立。占星術を使ったライフパーパスコーチングのコーチでもある。娘1人、子育てに奮闘するシングルマザー。


CULTURE >

複雑化する社会、より一層先が見えない未来、何を信じて良いか分からず情報に踊らされる日常。 「エデュケーショナルイシューマップ」のリサーチプロジェクトでは、私たちが直面し続けている日々の不安や課題を前に、未来に希望を生み出す役割を担う「教育」が何を考え、何をめざしているのか? 起業家精神の育成やグローバル人材の育成といった喫緊の課題感から生まれる教育像だけでなく、様々な立場・考えから議論される教育の現在にスポットを当て「教育の多様なイシューから見えるインクルーシブな教育像のマップ」を組み上げることをめざす。

レジデンシャルカレッジ。「住環境こそ最良の学びの場」をコンセプトに、特定の大学や高校に紐づかない、多様な世代や所属の人々が集って学び合う学寮「SHIMOKITA COLLEGE」が東京の下北沢にある。
将来の不確実性と多様な選択肢が混在する現代において、従来の「学校」を超えた新たな教育のかたちとして、2020年12月に開業した。


開校から4年、SHIMOKITA COLLEGEでは何が行われ、何が育まれてきたのだろうか。新しい教育のリアルをSHIMOKITA COLLEGEの責任者である原田氏に話を聞いた。

PROFILE

原田 遼太郎 HLAB レジデンシャルカレッジ事業責任者/Resident Dean

1997年、愛知県生まれ。大学在学中に大学付属の国際寮の立ち上げメンバーとして、設立準備、運営業務でHLABと協働。レジデントアシスタント(居住しながら寮生のサポートを行う学生スタッフ)として得た、コミュニティの立ち上げから運営までの知見を活かし、2020年4月よりHLABに入社し「SHIMOKITA COLLEGE」における学びのコミュニティや仕組みづくりに携わる。2024年よりHLABの全事業におけるプログラムデザインと体験設計の統括を行っている。新しい教育の形を普及するべく、レジデンシャル教育を探究中。

全員が学びをつくる側として参加する

寮と名乗っているSHIMOKITA COLLEGEだが、特定の学校の近くにあり、その学校の学生のみが暮らす、いわゆる“学生寮”とSHIMOKITA COLLEGEは全く異なる。

原田:特定の学校に紐づかず、多様な背景を持つ高校生や大学生、社会人が120名暮らしています。5階建てで102室。食堂付きの大きなラウンジ空間や、ライブラリー、暖炉を囲む語らいの場や屋上菜園などの共用設備があり、「暮らしながら学ぶ」環境が用意されています。大学生は2年間、高校生は3か月から入ることが可能で、社会人もチューターとして運営に関わる役割で居住することができます。

日本では、寮は高校や大学の選択肢として付いているものというイメージですよね。一方でレジデンシャルカレッジは、イギリスやアメリカをはじめとした海外では珍しくなく、重要な学生体験の一つとして位置付けられています。日本で大学受験時に学部を選ぶように、どの寮で暮らすかを選ぶんです。ハリーポッターシリーズのホグワーツ魔法学校でも授業以上に「寮制度」を用いた教育に力を入れています。日本でも暮らしの中の学びを重視した教育機関はありますが、学校に紐づかずに高校生から社会人まで広い層が一緒に暮らして学ぶ場はここだけだと思います。これまでに、7カ国60大学以上から学年も専攻も異なる多様な大学生が居住をしています。

SHIMOKITA COLLEGEは暮らしの場としての寮ではなく、教育の場と位置づけられた学生寮だ。原田氏は、「教育を中心に据えた新しい寮としての基盤が整ってきた」と語る。その基盤とは何だろうか。

原田:いくつかありますが、文化が作られてきたことだと思います。特に、大切に育ててきたのは、経験を持ち寄る文化です。学校や職場などメインの活動場所が違うので、そこで様々な経験をして多くの学びが持ち寄られます。
自分が持ち寄る主体であり、SHIMOKITA COLLEGEの場の作り手だというマインドを醸成するために、入学時のエッセイでも「何を学びたいか」と「コミュニティに何を持ち寄るか」の2つを書いてもらいます。「今日の授業、こんなことが面白かったんだよ」、「最近観た映画のここがよかった!」というように外で経験したことや学びが食堂の会話でされていたり、一緒に暮らしているからこそ小さな変化にも気づきやすく、「最近何かあった?」と話題になりやすいという良さもあります。例えば数日いなかった人が、「いなかったよね?何してたの?」と聞かれて、泊まり込みの富士山バイトに行ったことを話し、面白いからその体験談を共有するイベントを立てようと話が進む、なんていうこともよくあります。ちょっとした土産話が飛び交って、誰かの体験を他の人が追体験できるのがいいんですよね。

お互いがどんな勉強や仕事をしているか、に対して興味を持つ文化があることによって信頼関係が生まれます。自分の経験や背景を投げたら、誰かが受け取ってくれる。自分が持っているものと相手の持っているものをうまく混ぜながら新しい考えを生んだり、対話が生まれたり、単純に楽しんだりできる。そういった認識が、この場に持ち寄る行動を促進しています。

経験を持ち寄る、つまり自分も提供する立場であると考えると、何かすごいことをという意識が働いてしまうこともある。特に高校生は、自分は話を聞く側だという意識を持っているという。彼らに、彼らの体験も周りからしたらユニークで唯一無二なんだということを伝えるために、またその経験を抵抗や遠慮なく提供できるための工夫もなされてそうだ。例えば「知ってみる会」だ。

原田:こんな面白い出来事がありました。開業当初はリベラルアーツセミナーという制度を整えていました。リベラルアーツの名のもとに、いろんな人の学びが共有されて、知が飛び交う空間をつくりたいと思ったんです。テーマを立てて、セミナー講師を決めて、案内のチラシを作って運営する。ところが手を挙げてくれる人がだんだん少なくなり、持ち寄る文化が薄まっていきました。その時、学生が「ネーミングの問題じゃないか」という声をあげてくれたんです。そこで、リベラルアーツセミナーを「知ってみる会」に改称し、「セミナー講師」も「話題提供者」としました。あくまでも、セミナーを設計し内容を教える主体ではなく、特定のトピックについて考えるための話題のタネを持ち寄る人だと。そうしたら精神的な負担も準備の負担も軽くなり、実施する人も参加する人も増えました。さらに、一方的に教えるのではなく、問いや感想から始めてもいい、自由でインタラクティブな場になったんです。

教える人から話題を提供する人への転換はとても意味があって、柔道部に所属していた高校生が柔道をテーマに「柔道を知ってみる会」を開催してくれたときには、グローバルに広がった勝敗を重んじるスポーツとしての「JUDO」と、礼節を重んじる日本の「柔道」の違いなどを話してくれて、すごく面白い場でした。「分子生物学を知ってみる会」や「ルービックキューブを知ってみる会」など、形を変えた2022年10月から今日までに120回以上開催されています。また、イベント参加を決める際に、内容興味の他に人興味もあって、一緒に暮らしてる人が話題提供をしてくれるから、自分の興味ではない分野でも越境して参加してみる、そこにリベラルアーツな学びが生まれています。

共同生活に重きを置くイメージの学生寮とは違い、各々が自分の学校や課外活動での経験と知恵を持ち寄る学びの場であるSHIMOKITA COLLEGE。学年も専攻も違う学生たちが優劣や引け目を感じずに、自分の経験と知恵を価値あるものとして提供できるよう、エントリー段階にも場の設計にも工夫がされている。意味付けをして、それを表す言葉を定めることで、そこに生まれるものの性質を変化させることは、現場での実践からしか得られない知恵だ。「知ってみる会」の他にも、カレッジの活動は多岐に渡る。

個性に光を当ててもらった体験から当てる側になる

メインストリームに取って代わる新しい教育を作ろうという動きも世界にある中で、寮をフィールドにしているSHIMOKITA COLLEGEは、既存の学校教育をどう捉えているのだろうか。

原田:教材からの学び、学校での学びを軽視しているわけではまったくなく、大学に取って代わることを目指しているわけでもありません。学校で学んだことを家に帰って家族と話すことで学びが深まったり、整理されたりしますよね、そういった補完関係になれると思っています。
大学での学びをアウトプットし、自分の学びと誰かの学びを持ち寄って対話しながら、理解を深めたり世界を広げたりしていく場が学外に必要です。だから私たちの役割は、コンテンツを提供することではなく、対話が生まれる舞台をつくり、人からの学びを生むことなのだと思います。

原田:対話が生まれる舞台のひとつに「委員会」があります。「委員会」は学生のチャレンジの場所と位置付けています。普段通っている大学や、会社の中では立場や役割によって取り組むことに制約が生まれてしまうものがありますよね。そういった「本当はやってみたい」に挑戦できる場所として「委員会」という舞台を用意しています。例えば、自分たちのコミュニティをより良くすることに熱意のある人たちはコミュニティデザインの委員会に所属し、メンバーと一緒にどんな仕掛けづくりをするか考えて実践しています。

SHIMOKITA COLLEGEでは高校、大学と同じように文化祭を開催していますが、文化祭の準備も文化祭実行委員会のメンバーが中心となって動いています。他にも、季節にちなんだクリスマスやハロウィンなどのシーズンイベントを企画、運営する委員会もあります。学生それぞれにとっての「やりたい」を叶えられる舞台として、委員会が果たす役割はとても大きいと感じています。ちなみに、学生たちのプロジェクトに関わる財務管理も大蔵省という委員会が年間約200万円の運営予算を行っています。大蔵省は約半年に1回予算審査イベントを開き、学生からあがってくる企画提案を審査して予算配分します。この仕組みにより、学生たちが自治的にお金を管理し、より良い場づくりのためにどうお金を使うのかも考えられる仕掛けにしています。

委員会として役割分担して、コミュニティ運営をみんなで行う中で、学生の学びや力が発揮されている。さらにユニークな個性に注目する取り組みとして、「タレントショー」が開催されているそうだ。タレントショーはいわゆる隠し芸大会。学校という枠組みでは見えにくいけれど、暮らしの中や遊びの中で光る個性や特性に注目できるようにしている。今までにけん玉や魚裁き、ダンスや歌などが披露されているそうだ。

原田:最近では、隠し芸を持っていなくても、タレントショーに向けて練習を重ね、発表するという機会にもなっています。社会人が、ギターを弾ける高校生からギターを習って一緒にセッションをする、なんてシーンも生まれています。大人になるとなかなか新しいことを始めることに腰が重くなりがちですが、一緒に暮らす高校生がつきっきりで教えてくれるので、もうやるしかありません。

持ち寄られる学びや経験は多様で面白いものばかりです。でも学生の中には、これまで自分の個性を披露することに躊躇してしまう子もいました。

例えば、海外から帰国して入った日本の高校の規律や同調性に馴染めず苦労した経験を持つ学生。学校で落書きをして、よく怒られていたそうです。その子がカレッジでもいつもの癖で、冷蔵庫の卵一つひとつに落書きでみんなの似顔絵を描いたんです。学校だったら怒られてしまうかもしれないことを、カレッジのみんなは「面白いね、すごいね」と面白がってくれました。
さらに、卵の落書きをロゴにしてTシャツにしてくれた学生がいたんです。この学生は、服飾の専門学校に通っていて、かつ、自分自身も学校に馴染めず苦労して、異才発掘のプログラムに参加して、個性を認め合えたという経験を持つ子でした。
両方にすごく刺激があった出来事だと思います。落書きをした子にとっては、自分にとって直すべき癖だったものが、誰かが喜ぶものに変わるという体験ができた。Tシャツを作ってくれた子にとっては、過去の自分と同じ境遇にいる子の個性を面白がって、光を当てる側になることができた。こういうことが生まれるコミュニティであることが嬉しいです。

実際の卵の落書きとTシャツ

個性を捉え直し、相互作用的に価値を見出すことができる場は素晴らしい。しかし人の個性に光を当てることは、場があれば自然に起こることではない。それを可能にしているコミュニティの文化とはなんだろうか。原田氏は「スイッチを押す」という表現で、学生が文化に後押しされる様を語ってくれた。

原田:人は多様な側面を持ち合わせていますよね。この場がどの人格のスイッチを押しているかが大事だと思うんです。学校にいる自分とSHIMOKITA COLLEGEにいる自分はきっと少し違う。でもどちらの面も自分であり、SHIMOKITA COLLEGEが押してるスイッチがあるんだろうなと。
あえて言葉にするなら「受贈者的な人格」でしょうか。SHIMOKITA COLLEGEに入ると、自分のいいところを人が見つけてくれたり、好奇心を持って話を聞いてくれたり、日常の中でたくさん受け取ることがあるから自然に返そうとする。その人が次の贈り主になることによって、循環が生まれているんだと思います。反対にあるのは、「消費者的な人格」で、お金を払って何かを得たり、単一的で直線的な関係ですね。その場合は何かを提供したら対価が欲しいと思いますよね。
チューターの1人が「友達の誕生日会を企画するノリです」と言っていたのがまさに象徴的で、誕生日会の企画は企画費なんてもらったりしないですよね。祝いたいとか、喜んでもらいたいとか、純粋な興味や好奇心とか、そういった自然な気持ちの連鎖がこの場の文化なんだろうなと思います。

「友達の誕生日会を企画する」こんな軽やかな前向きさで経験と学びが持ち寄られる場だからこそ、個性に光を当て、自分の、相手の良い面を引き出して祝福し合うことが可能なのだろう。持ち寄られる知識や知恵、そのプロセスで得る他者との相互承認と自己理解、相手を思う循環の文化、これらが繋がりをつくり出しているのがSHIMOKITA COLLEGEなのだ。
この場をリードする原田氏は、自身の学生生活の経験から場の力に気づいたという。

各自のポテンシャルを最大化するコミュニティをつくりたい

新卒でSHIMOKITA COLLEGEを運営するHLABに入社した原田氏、学生の頃から教育やコミュニティづくりに関心があったのだろうか。

原田:私の原体験は学生時代の陸上です。中学からずっと陸上をやっていて、山梨学院大学に入り、箱根駅伝を目指して走っていたんです。
陸上はいつでもどこでも出来る個人技だと思っていたのですが、中学、高校、大学と異なる環境やチームで走ってきて、モチベーションもパフォーマンスも所属している場所に強く影響を受けていることに気がつきました。志を共有したチームで高い目標を持って努力しているときと、悶々としながら暗い気持ちで練習しているときでは、当然違いますよね。同じくらいの走力の同級生と50m走をしたときに、自己ベストを出せた経験がある人も多くいると思います。走るという行為ですら、場の影響を受けるのかと思ったときに、個人のポテンシャルが最大化される場やコミュニティってどんなものだろうと興味を持ちました。それからワークショップに参加したり、ファシリテーションを学んだりする中で、HLABと出会いました。高校生向けのサマースクールに参加して、場の力を実感すると共に、根本的な人の変容に携わりたいという思いが高まり、イベント性の高いものよりも、日常の場づくりにチャレンジしようと決めました。

原田:人の変化は「三歩進んで二歩下がる」みたいなものなので、日常的に関わる中で、その一人ひとりの変化にじっくり、たっぷり向き合いたいと思っています。関わることができる人数は多くないですが、彼らが次のコミュニティをリードする存在になっていけば、大学、サークル、職場など所属する様々なコミュニティが少しずつ良くなっていくと思うんです。結果として、社会が少しずつ良くなっていく。私たちのビジョンは、「世界に違いをもたらすリーダーを育てる」ということです。それぞれのコミュニティの傍観者ではなく、当事者としてつくり手になって、今より少し良くしていくアクションが広がるといいし、SHIMOKITA COLLEGEでのつくり手経験をどんどん再現していってほしいです。

寮生活の学びといえば、コミュニケーションや仲間づくりを思い浮かべるが、SHIMOKITA COLLEGEにおいてそれはごく一部の価値だ。
自他の経験と知識に等しく価値を置き個性に光を当て合うことで、持ち寄られた経験から学び合うことが本質といえるだろう。

そしてそれを可能にするのは、場の設計、意図を持った制度や対話で、そこには4年で培われた知恵が活かされていた。

人は何を学ぶべきか、そして社会はどうあるべきか。この壮大な問いに対する答えの1つにSHIMOKITA COLLEGEで起きている「循環」があるのではないだろうか。
SHIMOKITA COLLEGEの卒業生が、社会の様々なコミュニティで新たに文化をつくり、循環を生むことで、社会全体を良くしていく未来のイメージが湧いた。

南部 彩子

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