複雑化する社会、より一層先が見えない未来、何を信じて良いか分からず情報に踊らされる日常。 「エデュケーショナルイシューマップ」のリサーチプロジェクトでは、私たちが直面し続けている日々の不安や課題を前に、未来に希望を生み出す役割を担う「教育」が何を考え、何をめざしているのか? 起業家精神の育成やグローバル人材の育成といった喫緊の課題感から生まれる教育像だけでなく、様々な立場・考えから議論される教育の現在にスポットを当て「教育の多様なイシューから見えるインクルーシブな教育像のマップ」を組み上げることをめざす。
レジデンシャルカレッジ。「住環境こそ最良の学びの場」をコンセプトに、特定の大学や高校に紐づかない、多様な世代や所属の人々が集って学び合う学寮「SHIMOKITA COLLEGE」が東京の下北沢にある。
将来の不確実性と多様な選択肢が混在する現代において、従来の「学校」を超えた新たな教育のかたちとして、2020年12月に開業した。
開校から4年、SHIMOKITA COLLEGEでは何が行われ、何が育まれてきたのだろうか。新しい教育のリアルをSHIMOKITA COLLEGEの責任者である原田氏に話を聞いた。
PROFILE
原田 遼太郎
HLAB
レジデンシャルカレッジ事業責任者/Resident Dean
1997年、愛知県生まれ。大学在学中に大学付属の国際寮の立ち上げメンバーとして、設立準備、運営業務でHLABと協働。レジデントアシスタント(居住しながら寮生のサポートを行う学生スタッフ)として得た、コミュニティの立ち上げから運営までの知見を活かし、2020年4月よりHLABに入社し「SHIMOKITA COLLEGE」における学びのコミュニティや仕組みづくりに携わる。2024年よりHLABの全事業におけるプログラムデザインと体験設計の統括を行っている。新しい教育の形を普及するべく、レジデンシャル教育を探究中。
全員が学びをつくる側として参加する
寮と名乗っているSHIMOKITA COLLEGEだが、特定の学校の近くにあり、その学校の学生のみが暮らす、いわゆる“学生寮”とSHIMOKITA COLLEGEは全く異なる。
SHIMOKITA COLLEGEは暮らしの場としての寮ではなく、教育の場と位置づけられた学生寮だ。原田氏は、「教育を中心に据えた新しい寮としての基盤が整ってきた」と語る。その基盤とは何だろうか。
経験を持ち寄る、つまり自分も提供する立場であると考えると、何かすごいことをという意識が働いてしまうこともある。特に高校生は、自分は話を聞く側だという意識を持っているという。彼らに、彼らの体験も周りからしたらユニークで唯一無二なんだということを伝えるために、またその経験を抵抗や遠慮なく提供できるための工夫もなされてそうだ。例えば「知ってみる会」だ。
共同生活に重きを置くイメージの学生寮とは違い、各々が自分の学校や課外活動での経験と知恵を持ち寄る学びの場であるSHIMOKITA COLLEGE。学年も専攻も違う学生たちが優劣や引け目を感じずに、自分の経験と知恵を価値あるものとして提供できるよう、エントリー段階にも場の設計にも工夫がされている。意味付けをして、それを表す言葉を定めることで、そこに生まれるものの性質を変化させることは、現場での実践からしか得られない知恵だ。「知ってみる会」の他にも、カレッジの活動は多岐に渡る。
個性に光を当ててもらった体験から当てる側になる
メインストリームに取って代わる新しい教育を作ろうという動きも世界にある中で、寮をフィールドにしているSHIMOKITA COLLEGEは、既存の学校教育をどう捉えているのだろうか。
委員会として役割分担して、コミュニティ運営をみんなで行う中で、学生の学びや力が発揮されている。さらにユニークな個性に注目する取り組みとして、「タレントショー」が開催されているそうだ。タレントショーはいわゆる隠し芸大会。学校という枠組みでは見えにくいけれど、暮らしの中や遊びの中で光る個性や特性に注目できるようにしている。今までにけん玉や魚裁き、ダンスや歌などが披露されているそうだ。
実際の卵の落書きとTシャツ
個性を捉え直し、相互作用的に価値を見出すことができる場は素晴らしい。しかし人の個性に光を当てることは、場があれば自然に起こることではない。それを可能にしているコミュニティの文化とはなんだろうか。原田氏は「スイッチを押す」という表現で、学生が文化に後押しされる様を語ってくれた。
「友達の誕生日会を企画する」こんな軽やかな前向きさで経験と学びが持ち寄られる場だからこそ、個性に光を当て、自分の、相手の良い面を引き出して祝福し合うことが可能なのだろう。持ち寄られる知識や知恵、そのプロセスで得る他者との相互承認と自己理解、相手を思う循環の文化、これらが繋がりをつくり出しているのがSHIMOKITA COLLEGEなのだ。
この場をリードする原田氏は、自身の学生生活の経験から場の力に気づいたという。
各自のポテンシャルを最大化するコミュニティをつくりたい
新卒でSHIMOKITA COLLEGEを運営するHLABに入社した原田氏、学生の頃から教育やコミュニティづくりに関心があったのだろうか。
寮生活の学びといえば、コミュニケーションや仲間づくりを思い浮かべるが、SHIMOKITA COLLEGEにおいてそれはごく一部の価値だ。
自他の経験と知識に等しく価値を置き個性に光を当て合うことで、持ち寄られた経験から学び合うことが本質といえるだろう。
そしてそれを可能にするのは、場の設計、意図を持った制度や対話で、そこには4年で培われた知恵が活かされていた。
人は何を学ぶべきか、そして社会はどうあるべきか。この壮大な問いに対する答えの1つにSHIMOKITA COLLEGEで起きている「循環」があるのではないだろうか。
SHIMOKITA COLLEGEの卒業生が、社会の様々なコミュニティで新たに文化をつくり、循環を生むことで、社会全体を良くしていく未来のイメージが湧いた。
原田:特定の学校に紐づかず、多様な背景を持つ高校生や大学生、社会人が120名暮らしています。5階建てで102室。食堂付きの大きなラウンジ空間や、ライブラリー、暖炉を囲む語らいの場や屋上菜園などの共用設備があり、「暮らしながら学ぶ」環境が用意されています。大学生は2年間、高校生は3か月から入ることが可能で、社会人もチューターとして運営に関わる役割で居住することができます。
日本では、寮は高校や大学の選択肢として付いているものというイメージですよね。一方でレジデンシャルカレッジは、イギリスやアメリカをはじめとした海外では珍しくなく、重要な学生体験の一つとして位置付けられています。日本で大学受験時に学部を選ぶように、どの寮で暮らすかを選ぶんです。ハリーポッターシリーズのホグワーツ魔法学校でも授業以上に「寮制度」を用いた教育に力を入れています。日本でも暮らしの中の学びを重視した教育機関はありますが、学校に紐づかずに高校生から社会人まで広い層が一緒に暮らして学ぶ場はここだけだと思います。これまでに、7カ国60大学以上から学年も専攻も異なる多様な大学生が居住をしています。