テクノロジー×デザインで未来を変える学校〜教育のオルタナティブをつくる

神山まるごと高専 事務局長 松坂 孝紀 氏

南部 彩子

一橋大学社会学部卒、日本IBMからキャリアをスタートし、大企業での営業職、マーケコンサル、ベンチャーでの新規事業開発、NPOでのソーシャルイノベーション研究、福祉ベンチャーでの経営企画と、様々な業界と組織を経験。「誰もがその人らしさを発揮し、お互いの個性を祝福し合うダイバーシティ」がライフテーマ。2022年3月、スタイリングサービスのリワードローブ株式会社を友人と設立。占星術を使ったライフパーパスコーチングのコーチでもある。娘1人、子育てに奮闘するシングルマザー。


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2023年4月に徳島県神山町に開校した神山まるごと高等専門学校(以下、神山まるごと高専)。人口5000人の田舎町に、若者がテクノロジー・デザインを学び、起業家精神を育てる場が生まれた。日本で約20年ぶりの高等専門学校の開校、企業からの出資による学費実質無償化の実現、全寮制など、いわゆる「地方の高専」のイメージとはかけ離れた学校だ。

立ち上げから参画し、事務局長を務める松坂氏に、神山まるごと高専とはどのような学校で、それたらしめるのは何か、話を聞いた。

PROFILE

松坂 孝紀 神山まるごと高専 事務局長

東京都生まれ。東京大学教育学部を卒業後、人材教育会社に入社。マーケティング、人事、経営企画などを担当した後、2017年に子会社として人事コンサルティング会社を起業。自社の経営を行いながら、コンサルタントとしても活動し、企業や地方自治体の人づくり・組織づくりプロジェクトを多数推進する。2021年より神山まるごと高専の立ち上げに参画。学校教育に新風を吹かせるべく、経営メンバーとして学校づくりに邁進中。

テクノロジー×デザイン×起業家精神で日本社会に必要な人材を育てる

神山まるごと高専の最大の特徴は「テクノロジー × デザインで人間の未来を変える学校」というコンセプトだ。まずはこのコンセプトに至ったプロセスを伺った。

松坂:コンセプトを立てるときにまず、日本の社会においてどういう人が必要かを考えました。そうしたら、世の中を大きく変えていくために必要なこととして、テクノロジー、デザイン、起業家精神の3つに行き着きました。テクノロジーは21世紀の公用語だと私たちは思っていて、テクノロジーが発達していくと、モノはどんどん作れるようになっていく。そうすると今度は、生き残るもの、選ばれるものが限られていくので、デザインの力がすごく重要になる。デザインの力がテクノロジーに掛け合わさって魅力的なものになっていく。それでもまだ世界を変えるには足りなくて、発信し、広げていくエンジンとして起業家精神が必要です。
この3つが、今の学校教育の中では分断されていて、テクノロジーを学ぼうと思ったら工学部、デザインを学びたかったら美大芸大、起業家精神なら経営学部やMBAなどが選択肢で、それぞれ学べる場所はあるが、全てを学べる場所はない。全部をいっぺんに1人の人間にインストールすることが重要だと思い、ないのであれば新しく作ろうという考えに至りました。
この3つを学校で学べるように、アクティブラーニング型の講義と課題解決型の実践的学習の組み合わせでカリキュラムを設計しています。

どれもビジネスの世界では以前から重視される要素だが、それらを一纏めにし、しかも高等専門学校のコンセプトに掲げるのは非常に新しく感じる。一方で、近年はビジネスでも学校でも掲げられる、グローバルという言葉がないのはなぜなのだろうか。

松坂:グローバル人材育成のためのオンライン教育を提供する事業者は少しずつ増えていますよね。「グローバルでオンライン」に対して、「ローカルで全寮制」が神山まるごと高専の特徴です。土地に根差した小さなコミュニティの中で学習していくスタイルを取っています。
グローバルに活躍する人材育成のためには、世界を見据えながら、自分の手で出来ることを一つひとつやって、”世界の中の自分”をつくっていくことが大事だと考えています。そういう意味で、ローカルは圧倒的に挑戦がしやすい。挑戦しやすい地方で、世界を見据えて成長していくことが大事だと考えています。

松坂:地域で暮らしながら学ぶ全寮制の学校のいいところは、「授業の外」があることです。「教育は授業だけで完結せず課外活動が重要だ」という考えに基づいています。誰しも思い当たる体験があると思うのですが、例えば4年間の大学時代、「あんなこと学んだな、あのときがあるから今があるんだよな」と思えることは、ほとんど課外活動で得たことではないでしょうか。アルバイトでも、インターンでも、友達とのことでも、授業の外ばかりだと思います。だから、どういう場所で、どういう人たちの中で暮らすかが非常に重要で、そこをちゃんとデザインしなければいけないと考えました。
これは教育において、まだあまり手が入れられてない部分だと思っています。人との濃い関係性の中で暮らすことによって、授業の枠を超えることができます。神山まるごと高専の寮生活の目的は授業の外をデザインすることなんです。

大小様々な仕掛けで「授業の外=カルチャー」を作ることにコミットする

学生時代における課外活動の重要性を再認識する一方、「学校」とはどこまでなのかという疑問が浮かぶ。神山まるごと高専のスタッフ(※神山まるごと高専では教員も学校職員も一律「スタッフ」と呼ぶ)は、どこまでを責任範囲としているのだろうか。学校の教室の外で起こることに学校が関わることは本当にできるのだろうか。

松坂:うちの学校では、課外活動の応援にスタッフ一同コミットしています。そこに特化することが神山まるごと高専だという思いでやっています。もちろん親権者である保護者の方々との連携は前提ですが、学校と寮、地域、全部合わせて、授業外の学びを大切にしています。
具体的には何をしているのか。授業以外のことを私たちはカルチャーと呼んでいます。カルチャーが学校の中、寮の中、学生の暮らし、様々なものを作っていきます。学校のカルチャーというとイメージが湧きにくいかもしれません。でもスタートアップでカルチャーって言われたら、誰もが「重要だ、それがないとうまくいかない」と言うと思います。学校も同じで、カルチャーを意図的にデザインすることにコミットしたことが神山まるごと高専の大きな特徴です。
カルチャーのデザインのために、具体的には大小様々、いろんなことをやっています。分かりやすい施策だと、例えばチャレンジファンド。課外活動で何かやりたいことがあって、お金が足りないときに、学生がプレゼンテーションして最大10万円の支援金を獲得できる仕組みです。もっと日常的なものだと、言葉の使い方、人の呼び方もその1つだし、いろんな仕組み、仕掛けを作りながら、伸びたいと思う人たちが伸びていくような教育を作っています。

「カルチャーを作ることにコミットする」

これを徹底することは並大抵のことではないだろう。カルチャーは、現場での一つひとつの意思決定の積み重ねだとすると、それを担うスタッフが重要だ。スタッフ一人ひとりが自律的であり、本質的な意思決定を臨機応変におこなうことができるのはなぜだろうか。松坂氏から出たキーワードは「βメンタリティ」だ。

松坂:神山まるごと高専は新しい学校で、東京からは遠く、珍しい学校です。そこに飛び込む時点で、スタッフたちには一定の起業化精神があります。変化を恐れずに新しいものに飛び込むことはすごく大事で、「とりあえずやってみよう」と思えたらもう十分とまで言えるかもしれません。
その上で、現場にリーダーシップがあれば、とりあえずやってみて、だめだったら速やかに変えることができる。まさに私たちが大切にしている「βメンタリティ」です。未完成のままで世の中に出してみて、フィードバックをもらいながら作りあげていくという意味です。
トライアンドエラーへ抵抗がないことは、教育現場において特に重要です。物ごとには当然プラスとマイナスがありますが、教育現場では、プラスの大きさに関わらず、マイナスがあればそちらに目が行きがちです。理由は当事者が未成年であることや、制度や法律によるものなどいろいろありますが、どうしてもリスクが強調され、結果としてプラスを得ることもできなくなってしまいます。ここで大事なのは経営です。経営は、リスクを正しく評価してマイナスを圧縮しながらプラスを得ていく、その繰り返しですよね。マイナスへの対処を山ほど実践してきて、ちょっとずつカルチャーが出来てきたのだと思います。

マクロな視点を持ったバランス感覚で現場の源となる

βメンタリティによる行動がカルチャーを作り、そのカルチャーが一人ひとりのスタッフを支え、本質的なトライアンドエラーが起こるサイクルがあることが分かった。事務局長である松坂氏はこのサイクルを現場で作ってきた中心的存在だ。「教育は現場だ」という強い信念のもと、自らの役割をCOO的事務局長と表現する。

松坂:一般的な学校の事務局長のイメージは、事務全般の統括ですよね。私はCOOをやるつもりで事務局長をやっています。最初にこの学校にコミットすることを決めて、神山への移住を決めたときから、こうなることは想像していました。それは、どうしたって教育は現場だからです。
現場で起きていることを一つずつ見て、判断して、リアルに語って経営ボードのメンバーと議論することが自分の役割でした。
教育の特徴は人の当事者意識が高いことです。誰もが教育を受けたことがあって、違和感を感じたり、何かしら変えたいと思ったりしたことがあると思います。だから本気で変えようとしている人にエネルギーと資本が集まりやすい。現場に集まってくるそれらを最大限に活かして、今の制度内で作れる「こんな学校があったらいい!」を思いっきり作っています。教育を変えたいと思って、1つひとつを変えて行ったとして、N=1 を100個やっても100個だけど、世の中が変わっちゃうような特別な事例を1個作れたら、 100じゃなくて1000、1万と変わっていく可能性があると思うのです。

準備段階から注目を集めていた神山まるごと高専は、まさにエネルギーと資本が集まる場であり、従来の学校づくりとはまったく違うアプローチで開校を迎えた。そのユニークさの1つがプロボノの活用だ。

松坂:教育現場をよくしようと思ったときに、学校を閉じないことが大事だと思います。学校の中で完結させなきゃいけないってみんな思っているんだけど、全然そんなことない。外に開いて、いろんな人たちに入ってきてもらった方がいい。だからプロボノの人たちを中心に学校を作ったんです。彼らがいなかったらこの学校は絶対にできていません。その経験があるので、外部の人が入ってきてくれるメリットを大いに感じているし、極端に言うと、リソースは無限に増やせるかもしれないと考えることができるんです。

神山まるごと高専は、内部、外部問わず、延べプロボノ150人、企業80社が関わって準備・運営してきたそうだ。立場もスキルもまったく違う人々が同じ現場で力を発揮するには、フィールドの整備が重要だ。

松坂氏がこれだけ多くの人が関わる現場をホールドし、リソースをアレンジして来られたのは、自身のバランス感覚のおかげだと言う。

松坂:僕がもしそれを担うことができたとするならば、バランス感覚のおかげですね。物事を俯瞰してみて、テコが見えるという感覚です。ここ動かすと、こういう展開になって、さらにここを動かすと、といったように、1個1個のパラメーターを明確にして、取り得るアクションで一番効果的なものを選択するわけです。何が本質かを見極めて押さえにいける。もう自分にとっては習慣ですね。小学校時代にシミュレーションゲームが大好きだったからかもしれません。
だから、マクロな視点を持ちながらミクロな実務を担えるんだと思います。これが社会にとってどういうインパクトを持つのか、うちだけでしかできない特別なことなのか、現行制度とコンフリクトを起こすか、いつも頭の中に思い浮かべながら、現場で起こる個別の事象に向き合っています。

松坂:私は学生の頃からずっと教育に携わり続けてきて、ずっと教育におけるテコを探してきたように思います。社会人の最初は、組織におけるリーダー教育が世界を変えるに違いないと思って、それに没頭しました。次にリーダーに呼応する組織を作ることがテコだと信じて組織づくりをやってきて、今、人の根幹を作るのは学校教育だというところに行き着き、学校教育全体のテコになり得る神山まるごと高専で、社会を変えるチャレンジをしています。

目指しているのは、教育におけるオルタナティブがあることです。うちの学校も選択肢の一つで、これがすべての子供にとってベストだなんて思ってなくて、誰しもが自分に合った学校を選べる社会になって欲しいと思っています。今は教育内容も、方法も画一的で選べる状況にはなかなかない。しかも今見えている道が、唯一絶対のルートのように見えてしまうんですよね。でも全くそんなことはない。いろんなルートがあっていいし、何を選んでも大丈夫だと信じてあげたらいいなと思います。全然違うルートから行きたいところに辿り着けるかもしれないし、外れてしまったように見えるルートから元の道に戻ることだってあるかもしれない。失敗なんじゃないか、二度と戻れないんじゃないかという早まった推測は捨ててしまっていい。

予測よりは、子供の感情や今の思いに純粋に向き合って、絶対明るい未来があると信じる、先のことは先に向き合ったらいいんじゃないかなと思います。

オルタナティブがあることで人が明るい未来を信じられる社会になることを願い、神山から作っていきたいと思います。

東京大学教育学部を卒業後、人材教育会社、人事コンサルティング会社と、キャリアを通して教育の未来を探究してきた松坂氏。神山まるごと高専は学校教育のオルタナティブ、かつ、テコであり、その神山まるごと高専のテコを抑えているのが松坂氏といえるだろう。「教育は現場だ」という松坂氏の言葉に表れているように、素晴らしいコンセプトを立てても、教育の現場でそれを形にすることが最も難しく、最も重要だ。丁寧に作られていくカルチャー、外部との関わり、先生のマインド、どれも欠かせないものだが、それらを有機的に繋ぐフィールドが神山まるごと高専の胆の1つといえるのではないか。

どのルートから行っても明るい未来があると信じて、様々な選択肢から教育を選べている子供と保護者は、今の日本にどれくらいいるだろうと想像する。

神山まるごと高専に続き、教育のオルタナティブが頻出する未来に備え、私たちは子供の持つ力と可能性を信じる勇気を持ち、教育に向き合うことが重要なのではないだろうか。

南部 彩子

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