メンタルヘルスという言葉が広く社会に浸透した現代、人々の心の健康に対するアプローチは多岐にわたり、それを生業とする企業も増えている。日本における精神疾患を有する総患者数は614万人(2020年、出典:内閣府令和5年版障害者白書)、日本人20人に1人が何らかの精神疾患を有していることになる。この数字は2002年の223万人から2.75倍まで増加しており、ビジネスの観点で見ると市場規模は300億円以上との試算もある。
アプローチの充実や市場拡大によって、メンタルヘルスの課題解決は進んでいるのか。実際には今、どのようなメンタルヘルスケアが求められているのだろうか。
3年前に、東京都新宿区からメンタルヘルスケア事業をスタートした起業家の森本氏に話を聞いた。
PROFILE
森本 真輔
株式会社ソシエテ/精神科訪問看護「コモレビ」
代表
東京大学教養学部を卒業後、野村総合研究所、ローランド・ベルガーにて戦略コンサルタントとして勤務。2014年より医療・福祉領域における企業経営に関わるようになり、アフリカにおける医療・公衆衛生課題の解決に取り組むサラヤ・イースト・アフリカの現地代表や、国内の福祉系スタートアップの代表取締役共同社長として、社会的インパクトの創出に取り組む。2018年に株式会社ソシエテを創業、2021年よりメンタルヘルスケアサービス「コモレビ」をローンチし、日本のメンタルヘルス課題の解決に取り組んでいる。
早期介入による早期改善が重要
南部:事業内容を教えてください。
なんのためにメンタルヘルスを整えるのか
森本氏が展開する「コモレビ」が拠点を増やし拡大しているように、メンタルケアのサービスは増えている。メンタルヘルステック、ウェルビーイングテックが急増し、セルフケアやアセスメントのための製品・サービスが生まれ、一次予防・二次予防のケアインフラが多面的に広がっているように見える。このニーズの高まりは、現代社会において人々が心を病みやすくなっていることに起因するのだろうか。森本氏は、現在多くのメンタルケアが「資本主義におけるビジネスの1つ」として提供されていると指摘する。
南部:重症化には至っていない、予防の対象者が増えているのは、絶対数が増えているのか、もともとその状態の人は存在していてサービスの利用が増えたのか、どちらでしょうか。
南部:格差が広がり、社会的に弱い立場にある人が増えたので、メンタルケアのニーズが高まり、事業者もサービスも増えているということでしょうか。
南部:メンタルヘルスケアの充実は、働く人にとってセーフティーネットではないのでしょうか。働く人にとってのメンタルヘルスと、企業にとってのメンタルヘルスは違うのでしょうか
健やかに生きるためのメンタルヘルスを実現する
「メンタルヘルス=こころの健康」を整える目的を考えると、いま多くのサービスが目的としている社会で生産的な活動するためのメンタルヘルスと、より本質的な人々が健やかな人間であるためのメンタルヘルスには確かに違いがあるだろう。人は常に多面的で、働く者としての自分や、家族・親族の中の自分、地域社会の中の自分といった肩書を乗せた自分と、“何者でもない”人間としての自分など、様々な側面を持っている。メンタルケアが肩書を乗せた個人の文脈に寄りすぎてしまうと、更なる歪みを生むことになってしまうのではないだろうか。本質的な課題解決のキーワードとして森本氏が挙げるのは、「格差の是正」と「繋がり」だ。
南部:人々の健やかさのためのメンタルヘルスに、今もっとも重要なことはなんでしょうか。
南部:個人向けのサービス、特に「格差」に拘るのはなぜですか。
ひとが尊厳が守られていると感じられるためには、自分のあり方を良いと思えて、自分の価値を認められる、そして周りからも価値のある人間として扱われていると感じられることが大切だと考えています。
森本 真輔
南部:「精神科訪問看護でメンタルヘルスケアにおける格差の是正と繋がりを作る」という考えで起業されたのですか。
「なんのためにメンタルヘルスを整えるのか」
anowにおいて様々な角度での考察が進む自律分散型社会。個や個の集団であるグループが自律している(自律可能な)こと、そして彼らがオープンなネットワークを介してつながることを前提条件としている。
森本氏の言葉を借りると、自律とは「自分のあり方を良いと思えて、自分の価値を自身で認められる」と言えるのではないだろうか。人が自律している状態は、森本氏の指摘の通り、資本主義社会で価値を創出しているかに左右されることなく、どんな人であっても得られるものでなければならないはずだ。
コミュニケーション能力、レジリエンス、ネガティブケイパビリティなど、現代社会を生き抜くために人が備えるべき能力は時代と共に増え続け、自己の心身をメンテナンスできることさえも求められるように能力の一つとなった。
「資本主義社会で機能するためのメンタルヘルス」が重視されすぎてしまったら、本来は人の生命を守るためのメンタルケアが更なる格差を拡大し、更に心の闇を色濃くしてしまう。この矛盾を解消し、本質的な解決に導くのが「繋がり」だということに、筆者は救われる思いがした。
自律した個人からなる社会では、組織との繋がりも、地域との繋がりも自然と得られるものではなく、自分で獲得していかなければならない。そんな中、心の不調をきたしてしまったときに、メンタルケアサービスを通して繋がりを得て、その次の新しい繋がりへの意欲が生まれることは、個人のしなやかな強さの源となるのだろう。尊厳と健やかさを守る精神科訪問看護サービスの広がりに期待したい。
森本:株式会社ソシエテという会社を立ち上げ、2つのメンタルヘルスサービスを提供しています。一つはカウンセリングサービスで、対面とオンラインのセッションで提供しています。費用は自費負担です。もう一つがメイン事業の精神科訪問看護のサービスです。保険適用のもと、利用される方へ対話を中心としたメンタルヘルスケアを提供しています。精神科訪問看護は訪問型のサービスで、精神疾患を抱えていらっしゃる方を対象に、メンタルヘルスに関する知識のある看護師が自宅へ訪問してセッション/対話を行います。「精神科」「精神疾患」という言葉の印象でかなり症状の重い方をイメージされるかもしれませんが、サービスの対象となる方はそうとは限りません。利用される本人のありたい姿を大切にし、セルフケアのサポートや内服薬服用の支援など、生活を整えるための支援から、心理・精神的な不安や疾患からあらわれる困りごと・症状への対処まで、さまざまな相談をできることが特徴です。自費のカウンセリングを希望していた方が、面談の結果、精神科訪問看護を利用されることもあります。
精神科訪問看護は長年、精神科病院の入院患者が退院して地域に戻る際に活用することが一般的なサービスでした。病院に代わり地域の看護師が生活の支援と見守りをおこなうのですが、本来は、退院時サポートのみならず、精神科の治療を受けている人だったら誰でも使えるサービスなんです。
なぜ退院時に利用が限定されてきたかというと、事業者が長期で利用する方と契約することを優先して、営業先として有床病院を中心にアプローチしてきたことが背景にあります。その方が長期で利用される方が増えるので収益面でメリットがあるんです。もちろん、入退院を繰り返してしまう方が自宅での生活を安定させることは大事なことですが、精神科訪問看護という仕組みをもっと予防的に、重症化する前から利用していただくことも重要だと考えました。