【後編】オルタナティブな学びのプラットフォームが描く新たな教育〜LEARNが見つめる個性の姿とは

東京大学先端科学技術研究センター シニアリサーチフェロー

田中 滉大 anow編集部 プロデューサー


CULTURE >

特集1:「生活世界の見つけ方〜多様性の中の個性を再考する〜」

今回の特集では、多様性の実現が叫ばれる現代において、その多様性の根源である「個性」のあり方について掘り下げる。
ある特定の条件や評価基準の中だけで成り立つ個性ではなく、その人のあるがままの姿や自然な姿が個性として認められ、受け入れられるために、私たちは何を考え、どのように変化を生み出せば良いのだろうか。インタビューを通じて、多様性の中の個性のあり方を再考する。

「個性を活かす」という言葉が、日本だけではなくグローバル社会においても一つのスローガンのように扱われている昨今。

その対象は、教育の現場、とりわけ幼児・義務教育を受ける子どもたちに対するアプローチにも強く反映され始めている。

しかし、いまだに長年の慣習を守り続けることで、子どもの多様なあり方や特徴を受け入れられない側面が現行の教育システムの中に存在することも確かだ。

社会の一員として生きるとは、自分の個性を隠し、変化させ、一つの枠組みの中で適応することでしか達成できないのだろうか。

そのような問いをもとに、義務教育期間の子どもたちを中心に、オルタナティブな学びのプラットフォームづくりに取り組む人物がいる。

東京大学 先端科学技術センターでシニアリサーチフェローを務めながら、これまでの教育の常識にとらわれない自由な学びの場を提供するプロジェクト「LEARN」を展開する中邑賢龍氏だ。

インタビュー後編では、中邑氏が取り組む新たな学びのプラットフォーム「LEARN」の実態、そこから見えるアップデートされた教育のあり方について話を聞いていく。

PROFILE

中邑 賢龍 東京大学先端科学技術研究センター シニアリサーチフェロー

1956年、山口県生まれ  既存の教育に馴染めない子どもの新しい学びの試みであるLEARNプログラムなど社会問題解決型実践研究を推進。著書に『バリアフリー・コンフリクト』(東京大学出版会)、『タブレットPC・スマホ時代の子どもの教育』(明治図書)、『育てにくい子は挑発して伸ばす』(文芸春秋)などがある。

LEARNでの学びは「目的なし・時間割なし・教科書なし・協働なし」

中邑氏が代表を務める「LEARN」は、既存の学校教育とは異なる学びを提供するプログラムとして創設された。

LEARNの名称は、Learn(学ぶ)、 Enthusiastically(熱心に)、 Actively(積極的に)、 Realistically(現実的に)、 Naturally(自然に)の頭文字に由来しており、受験志向の学校教育が主流な状況に対して、多様な軸を持った学びの機会を提供することで、特定の価値観・評価から漏れ出てしまう子どもたちがあるがままに成長することができたり、学びを通じて自分自身の個性に気づき伸ばすことのできる機会が生まれることを大きな価値としている。

LEARNのプログラムの舞台は教室などではなく、街中や住民の少ない島など様々なフィールドであり、日本全国の地域で実施されている。

その中で、主な対象者である小・中学生たちは、特定のテーマのもと様々な課題に取り組む。その課題は事前に知らされておらず、唐突に現れた課題に対して子どもたちは自分自身の頭を捻りながら、参加者同士で協力して解決を目指していく。

では、LEARNの提供するプログラムの具体的な内容は、どのようなものなのだろうか。

ポルシェとコラボレーションしたプロジェクトにおける活動の様子。

中邑:LEARNは教室の中で行う講義というスタイルではなく、自然の中で何かしらの課題を出して、参加した子供たちが自分自身で自由にその課題を解決したり、協力して考えるようなスタイルのプログラムを実施しています。

Rocketでの反省を活かし、メンバーシップ制ではなく誰でも自由に参加することができる敷居の低さも特徴です。

実際に行ったプログラムの例だと、自動車メーカーのポルシェさんとコラボレーションして、夏休みの受験生を対象とした5日間のプログラムを実施しました。

そのプログラムでは、四国の愛媛県南予にある半島まで子どもたちを集めて実施したのですが、初日に電車で宇和島まで集まってもらい、次の日に子どもたちを半島にある山の中に連れて行きました。そこにある森に埋もれた石垣の前で「これがなんなのか解明してみよう」という課題が与えられました。

そのほかにも、「石垣を自分たちで修繕してみよう」といった新しい課題が唐突に子どもたちへ与えられ続けます。

それらの課題に参加者同士がアイデアを出し合いながら取り組むことで、学校で机に座りながら学ぶのとは異なる知識や頭の使い方、コミュニケーションを学ぶことができるんです。

私たちは、「目的なし・時間割なし・教科書なし・協働なし」というルールのもとプログラムを作っています。

だからこそ参加する子どもたちは、押し付けられた目的やルール、方法論に縛られない環境の中で自分たちにとって未知な物事を自由に考え・学ぶことができるんです。

そして、LEARNの中でもう一つの大切な要素は、「多様な他者との出会い」だ。

プロジェクトでカツオ漁に取り組む様子。

中邑:LEARNのプロジェクトでは、様々な大人との出会いも重要だと考えています。

ポルシェさんとのプロジェクトで、高知に向かった後に「今から船に乗ってカツオを釣ろう」という課題を与えたのですが、そこでは若い頃から漁師一筋の大人たちと一緒に行動して、子どもたちはなかなか釣れない経験をしたり、漁師の方々が次々にカツオを釣り上げていく姿を見るんです。

自分の経験や知識が通用しない体験をする中、それができる人たちと出会うことで、子どもたちの価値観はどんどん広がっていくわけです。

余白のある環境が、”能動的”な学びを生み出す

LEARNに参加する子どもたちは様々な特徴を持っているが、その中でも学校や家庭に適応しきれず、個性を持て余してしまっている子どもたちも多いという。

そのような子どもたちに対しても、個性や人格を否定するのではなく、それを受け止めた上で成長することができるように、中邑氏はとあるプログラムを企画した。

そこで実施したプログラムが「家庭に馴染めない子どもの家出を手伝う」という予想外の切り口のものだった。

家出プログラムにおける目的地を目指す中で、様々な人々との交流が生まれる。

中邑:家庭内で親への反抗心が強い子どもや家庭環境が影響して自分の感情や行動のコントロールが難しい子どもなどに向けて、「家出を手助けしてやるよ」というプロジェクトを行っています。

広島県で実施しているのですが、「家の中で暴れたり親に暴言を吐く暇があるなら、家出でもしてみればいいじゃないか?」という考えで、小・中学生の子どもたちをメインの対象としたものです。

広島のとある駅に参加者の子どもたちを集め、見ず知らずの関係の中でチームを組ませます。見ず知らずだから、チームメンバーが障害を持っていようが学校の勉強ができなくても関係ない。

各人が500円と3つだけ自宅から好きなアイテムを持ってきていいというルールを設けて、外で4時間過ごさせるんです。

現実的な視点を持っている子どもは水筒を持ってくる一方、虫取りが大好きな子どもは虫取り網を持ってきたりします。

それぞれが持ってきたものとお金の中で、子どもたちはどうやって4時間を過ごすかを話し合い、行動します。

チームごとに行動内容は全然違ってくるんです。いきなりコンビニにいくチームもあれば、とにかく節約するために公園の水道を目指して歩き続けるチームもいる。

見ず知らずのもの同士が集まり、それぞれが持っているもので何ができるかを考えるという体験を通して、自分自身の個性に改めて気づけたり、誰かの個性を認めて挙げられるような機会を得ることができるんです

このプロジェクトでは、中級編や上級編といったレベル別の家出体験を用意しているという。

新幹線を降りて、目的地を探す参加者。

中邑:中級編として、小・中学生をバスで山奥の無人駅まで送り届けて、そこから家まで自分達の力だけで帰ってくるというミッションのプログラムを実施しました。

上級編では、広島から東京の多摩地域にある民家を訪ねるというプログラムを行いました。小・中学生にとっては大冒険なわけですよ。

新幹線の時間を自分達で調べて、切符も自分達で買う。東京に行ったことのない子どもたちばかりですから、東京についた後もどのようにしてその民家まで行くかを話し合ったり、道を歩いている大人たちに聞いたりしながらゴールを目指すんです。

家出体験のプログラムを含め、LEARNの提供する学びのプログラムには「方法を制限しすぎず、大きな余白を持つ」という特徴があることがわかる。

それには、中邑氏が考える「能動的学習」へのヒントが隠されている。

中邑:現代の教育、とりわけ受験をゴールとした学習に慣れてしまっている子どもたちは、課題に対してどのような方法や評価軸の中で行動していくかという制限が強く与えられてしまっており、学ぶことに対して受動的です。

例えば、LEARNに関わってくれている大学生のボランティアスタッフたちも、まず最初に聞いてくるのが「私たちは何をすれば良いですか?」という質問なんです。

つまり、課題と条件、方法を与えられないと行動ができない子どもたちが多い世の中になってしまっているんです。

それは、思考をせずにただ与えられたことをやるということですし、そのような人たちから創造的なアクションやアウトプットが生まれるとは言えないでしょう。

社会課題が顕著に議論される現代において、個々の能動性は大きな役割を担っていますし、この時代においての教育は「いかに自発的かつ能動的な学習ができる子どもたちを育てられるか」という点が重要になってきていると思います。

だからこそ、機会を提供する側が目的や方法、課題解決の道順を規定せず、良い意味で放置することが大切です。

もちろん、社会的・倫理的なルールはしっかりと設定します。参加者に暴力を振るったら、即刻その子どもを帰らせますし。(笑)

社会で共有される最低限のルールはプログラムの枠組みとして持っておきながら、それ以外の部分はノールールで子どもたち自身に考えさせる。

個性は伸ばすものではなく、伸びる環境があれば勝手に伸びていくものです。

こういった教育スタンスと実践を持つことで、子どもたちは自然と能動的な学びを行うようになると私たちは考えています。

「教育者の学び」もアップデートされる必要がある

様々な技術や社会状況の変化にともない、教育にも変化が必要だと中邑氏は考えている。

しかし、能動的な学習を推進するだけでは、現在の状況は変わらないだろうという現実的な視点も持ちながら、必要なのは「教育者の学び」であると中邑氏は語ってくれた。

中邑:教育に従事している先生や、将来そのような仕事をしたいと思っている学生たちがぶつかる大きな壁は「学習指導要領に基づく教員研修でいっぱいいっぱいになってしまう」という現実です。

時代が変化し、教育の考え方やアクションもアップデートしていく必要があると、彼ら自身も感じながら、そのための学びを行う時間が取れずに、結果的に変わりたくても変わることができない。

例えば、Chat GTPやWEB3といった新しいテクノロジーによって、教育方法や環境がどのように変化していく可能性があるかという重要な議論も、時間がないので出来ない。

その結果、教育者自体も現代にマッチした考え方を持てないまま、子どもたちに教育を行うという状況に陥ってしまいます。

まずは教育者自体の学びや考えの多様性を広げられるようなアクションが必要ですし、そうすることでLEARNのような能動性を引き出す教育のあり方も広がりやすくなると思っています。

「教育者の学び」のきっかけとして、中邑氏は大学生に向けた新しいプログラムの準備を進めていると話す。

中邑:私の所属している東京大学の先端科学技術センター内に、オンラインとオフラインを組み合わせた新しい教員研修の場を作ろうと、今年(2023年)の夏ごろを皮切りに本格的な実践に進んでいこうと思っています。

「Teachers Academy」という呼び方をしているのですが、教育のあり方や方法を根本から考え直し、これまでスタンダードとされていた学習・教育ではなく、ある種のイレギュラー性がある教育を模索・検討しながら、実践していくためのプロジェクトです。

教育者を目指す学生が、まずはイレギュラーな学びとはどのようなものかを考え、実践することで体験知を得る。

受験志向の従来の教育とは異なる、オルタナティブな学びを社会に実装していくための機関として立ち上げたいと考えています。

学校の隣にもう一つ学校があるという未来

では、全国各地で実施しているLEARNプログラムや新たに始まるTeachers Academyなどの取り組みの先には、どのような具体的目標があるのだろうか。

中邑:教育に改革が必要だという想いが芽生えた数10年前から目指しているものは変わらないのですが、やはり「バリアフリーかつ多様な価値観が勝手に伸びていくオルタナティブな教育の場をつくる」ということに尽きます。

私は、「個性を伸ばす」という表現はあまり適切な言葉ではないと思っているんです。

個性とは勝手に存在するものですし、それぞれの価値観や特徴を容認して、集団としてありのままで存在していて良いという場があることが重要なんだと考えています。

そのような目標と考えのもと、中邑氏が取り組もうとしているのは「学校の隣にもう一つの学校がある未来」だ。

中邑:既存の小中学校や高校、大学などのシステムがありながらも、その隣に「目的や評価のなく、色々な人と出会ったり、その中で自分なりに考えてみる」ということができるもう一つの学校があっていいと思っているんです。

実際に、先ほどお話しした家出体験のプロジェクトを行っている広島県では、私たちLEARNのプロジェクトへの参加については、所属している学校では出席扱いにしてもらってます。

それを発展させていくと、塾や家庭教師など受験を目指した補助的な学習環境ではなく、子どもたちの能動的な学びを実現する環境として、いくつもの学校を自由に行き来するという未来を考えることができます。

だから、私たちの目指す学校では、既存システムとは離れた場所で展開されつつも、結果的に義務教育が行われている場所と連携しながら、子どもたちの学びと成長をより多様な形で実現することができるという点を大事にしたい。

そういう秘密のシナリオを描きながら、これからの教育を改革していきたいと思っています。

学びとは何なのだろうか?

社会人のリカレント教育や大学生のインターンシップなど、学びの定義と範囲、その対象はどんどんと広がりを見せている。

しかし、常に付き纏うのは「何のために学ぶのか?」「その成果とは何なのか?」という目的・結果思考だろう。

そのような学びの考え方によって、私たちは気付かぬうちに自らの個性や生きる喜びを失う可能性を生み出しているのかもしれない。

目的を重視する教育があれば、そうではない教育もあるということが、それ自体が多様かつ多様性を尊重した教育のある社会と呼べるのではないだろうか。

LEARNが描く未来は、私たちにその可能性を見せてくれている。

田中 滉大 anow編集部 プロデューサー

INTERVIEW REPORTS

ALL
CONTENT>

DATA REPORTS

ALL
CONTENT>

CONTENT RANKING

scroll to top
マイページに追加しました